麻酔に関するご質問をお寄せ下さった方には,私信でお答えします.内容が他の多くの方に参考になると思われる場合は,webmasterから本ページでの内容の公開の是非についてお問い合わせをいたします.

但し以下の点にご留意下さい.

匿名のお問い合わせに対しては,ご質問へのお答えをいたしません.また原則として返信もいたしかねます.本ページに公開された内容は,webmasterから投稿された方に別途メールで公開のご承諾をいただいたものだけです.webmasterの一存で投稿内容を公開することは決してありませんので,ご質問される際にお名前を明記して下さい.如何なる場合も投稿された方のお名前を公表することはありません.

ご本人やご家族が実際にうけられた医療に関する疑問のメールが多く寄せられます.このようなご質問は,先ず当該医療機関の主治医にお尋ねいただくべきものと考えます.詳しい経過が伏せられたまま,診察もせずに他の医療機関で行われた医療行為に対してsecond opinionを呈示することは困難であることをご理解下さい.


麻酔はいつ頃切れるのですか?

これは術前に麻酔の説明をするときに最も頻繁に尋ねられる質問です.
現在の主流になっているのは,麻酔薬を最初に大量に投与しておいてそれが醒めるのを待つという方法ではありません.気体の麻酔薬(吸入麻酔薬)でも,血管内に投与する注射液の麻酔薬(静脈麻酔薬)でも,投与を続けている間は麻酔がかかっていて,投与を止めるとその時点から麻酔が醒め始めると考えていいと思います.一部の特殊な手術(心臓の手術など)では大量の麻薬を最初に使用して,醒めるのを一晩かかって待つという方法も行われてはいますが,例外的な方法です.

麻酔中には麻酔科医が片時も患者さんのそばを離れずに血圧や心拍数など生体の営みを監視し続けています.そしてこれらの吸入麻酔薬や静脈麻酔薬の投与の濃度や速度を絶えず調節し続けているのです.したがって一般に手術が終わりそうな頃になると,麻酔科医によって薬剤の投与が控え目になっていて,手術が終了すると,薬物の投与も中止されます.こうして患者さんの意識が徐々に回復してくるのです.したがって手術が終わって何時間も眼が醒めないということは,一般にはありません.

ただし色々な原因で麻酔から醒めるのが遅くなることがあります(覚醒遅延).この原因の主なものは薬物の投与量が多すぎたこと,患者さんの麻酔薬に対する感受性が異常に高いこと,意識障害を起こすような異変が手術中に起こったことなどがあげられます.


手術の途中で麻酔が醒めることはないのですか?

これもよくうける質問の一つです.先述したように,麻酔の深さはその時の手術侵襲や生体の状態によって,麻酔科医の任意の水準に維持されています.したがって通常は,手術の途中で麻酔が醒めるかもしれないような調節を行うことはありません.ただし,術中に意識がある場合も皆無ではないのです.

先ず問題なのは,意識があるかどうかを麻酔中に判断するのが極めて難しいということです.麻酔薬は程度の差はあるものの,一般に呼吸を抑制します.呼吸が抑制されると生体に取り込まれる酸素が減少し,多くの臓器の機能が低下したり,損傷を受けたりします.このため微弱な呼吸を維持するよりも,あっさり人工呼吸にして生体に十分な酸素を供給する方が安全と考えられます.全身麻酔では一般に筋弛緩薬という薬物を投与して身体の筋肉を弛緩させ,自発的な身体の動きを止め,人工呼吸を円滑に行えるようにしています.したがって意識の有無に関わらず,患者さんは外からの刺激に対して表情や手足の動きで反応することができないのです.

麻酔中に意識が生じる可能性の一つは,術中に出血や予期せぬ理由から血圧が低下し,麻酔薬の投与を中断せざるを得ないような状況が発生した場合です.麻酔薬は一般に血管を拡張させ
る作用があるために,血圧が低下します.普通であればその程度は軽微であり,輸液などで対処できます.また生体の代償機構も作用するので麻酔薬の作用によって危険な低血圧が生じる
ことはありません.しかし,大血管の損傷などによって急激な大量出血が起こると,麻酔薬による僅かな血圧低下も生命の危険を増大させる可能性があります.こういった場合は,麻酔科医は緊急輸血や昇圧剤の投与を行うとともに,麻酔を極端に浅くすることがあります.このような状況下では,意識がある場合があり得ます.

使用する薬剤の性質にもよるのですが,麻酔に用いられる薬剤の中には,十分な鎮痛作用を持っているにもかかわらず意識を消す作用はそれ程強くないというものがあります.例えば麻薬などです.これらの薬物を使用しているとき,痛みに対する反応はないのに本人の意識があるという場合が起こり得ます.麻酔科医は患者さんが十分な深さの麻酔をかけているつもりなのに,実際にはそうではないということになります.麻酔科医は麻酔の深さを判断するために,手術操作に対して生体が示す反応を重視します.例えば手術操作によって心拍数や血圧が急激に上昇した場合,麻酔科医は麻酔が相対的に浅いと判断します.逆に手術中の心拍数や血圧が安定している場合には,麻酔の深さが十分であると判断することになります.この場合,痛みに対する反応は押さえられており,先述のように体動もありません.つまり何かの刺激に対する反応がないということが,意識がないこととほぼ同じ意味にとられています.意識を評価する方法として脳波を用いる研究も進められており,一部の症例では臨床で実際に使用されていますが,この場合も本当に意識がないのかどうかは正確にはわからないのです.

何れにしても術中に意識があることは極めて稀です.麻酔科医はそういったことが起こらないように皆さんに麻酔をかけるため,研鑽を積んでいます.


麻酔が効きにくい体質ってあるのでしょうか?

これもよくある質問です.お酒をよく飲むとか,昔歯科治療の際に麻酔の効きが良くなかったとかいう理由から,自分は麻酔が効かない体質なのだと思い込んでおられる方がいらっしゃいます.

生体の中では,麻酔薬の血液中の濃度(血中濃度)が十分に上昇することで麻酔がかかると考えられます.麻酔が効きにくいということは,麻酔薬の血中濃度が上昇しにくい,あるいはすぐに下がってしまうということになります.

麻酔薬のあるものは,肝臓で代謝され,麻酔作用のない化学物質に変化します.またあるものは,腎臓で尿中に排泄されます.通常の人よりも肝臓での代謝や腎臓での排泄が速くなると,血中濃度が上昇している時間が短くなり,場合によっては血中濃度の上昇が得られないことも起こり得ます.

肝臓での代謝は,同じような経路で代謝される他の物質を連用していると速くなります.工場で,いつも使っている製産ラインは円滑に動くようなものです.麻酔薬と全体または一部の構造が似ている物質(多くは他の薬物)の連用によって麻酔薬の効果が減損する可能性は確かにあるのです.特に静脈麻酔薬は肝臓で代謝されるものが多いので,その効き方に個人差があっても不思議ではありません.

一方,吸入麻酔薬は,ほぼ全てが代謝されずに呼吸とともに肺から排泄されます.したがって他の薬物の連用の影響を受けることは余りありません.一般に吸入麻酔薬の方が静脈麻酔薬よりも効き方の個人差が小さいようです.吸入麻酔薬に関しては,麻酔が効きにくい体質かどうかを案ずる必要はないと思います.


妻が帝王切開で出産しました.その際,腰椎麻酔をしたのですが,術後5日の現在も頭痛が続いていて,起きあがれないでいます.食欲もなく,子供への授乳もできないため悩んでいます.そこで,頭痛が何日も続くことについて

1. 頭痛の持続する期間は?
2. 何故頭痛が起きるのか?
3. 麻酔薬が腰椎以外に漏れて作用することはないのか?あるとすればその副作用との関連はないのか?
4. 腰椎麻酔で後遺症はあるのか?

以上の点についてご意見をお聞かせ願いたいと思います.(投稿メール)


一般に脊椎麻酔後頭痛と呼ばれるものです.脊椎麻酔は腰椎麻酔と同義語です.脊椎とは脊髄という神経の束を守っている骨のことで,いわゆる背骨です.頚部を頚椎,胸部は胸椎,腰部は腰椎と呼んでいます.

脳と脊髄は,硬膜という堅い膜で被われており,その中は髄液という透明な液体で満たされています.脳や脊髄はこの髄液の中に浮かんでいると考えてもいいでしょう.脊椎麻酔は硬膜を脊椎麻酔用の針(注射針と同じで内腔に薬液が通る穴が開いている)で穿刺します.その上で脊髄という神経の束の端の辺りに,局所麻酔薬を注入することで,脊髄の下の方(足や会陰部や腹部の感覚や運動を支配している部位)に作用を現します.一般に腰椎の部分で髄液が漏れると,その部分の髄液の圧が低くなります.それ以外の部分と圧差が生じることになります.
すると,脳や脊髄が僅かながら腰部に向かって引っ張られることになるのです.これが脊椎麻酔後頭痛の発生するメカニズムだとされています.

髄液の漏れた量が多くなれば,圧差も大きくなるのでそれだけ痛みも強くなり,期間も長引く傾向にあります.例えば太い針よりも細い針を使った方が,穿刺の時に逆流してくる髄液の量が少なくなるので頭痛が軽くなると言われています.原因はわかりませんが,若い女性では頭痛の程度や期間がより重い傾向があると言われています.同じ量の髄液が漏れたから同じ程度の痛みが同じ期間続く訳ではありません.しかし,硬膜穿刺を何度も行ったり,太い針を用いたりすれば,当然全体の頻度は上昇します.

ご質問については

1. 漏れた髄液の量によります.数日で収まることもありますが,月単位に及ぶこともあるようです.脊椎麻酔とは異なりますが,髄液検査を行う場合があり,このときには10ml以上髄液を採取することもあります.したがってこれ位の量が漏れても危険という訳ではありません.一般に頭痛は自然快復するのが普通です.

2. 髄液が漏れたことが頭痛の直接の原因です.脊椎麻酔の手技上,髄液が逆流するのを確かめることが,針が硬膜を穿破している証拠になるので,髄液が漏れることを完全に阻止することはできません.しかし,その量を少なくしようと努めれば,頭痛の程度や頻度が小さくなります.

3. 麻酔薬が,仮に他の部位に漏れても先ず問題はありません.局所麻酔薬は神経に特異的に作用します.脊髄は神経の束です.ここに注入することが最も強い作用を現します.

4. 一般的には針によって物理的に脊髄を損傷する場合があり得ます.この場合の症状は頭痛でなく,麻酔が効いていた部位のうちの何処かの感覚や運動が障害をうけます.奥様の場合これは考えなくてよいでしょう.極めて稀ですが,髄膜炎を起こすことがあり得ます.このときの症状は頭痛なので,脊椎麻酔後頭痛と鑑別が難しいことがあります.しかし,意識障害や首が硬くなるといった固有の症状が現れますので,現時点では心配されなくてよいのではないでしょうか.

お話を伺った限りでは,脊椎麻酔後頭痛の中等症〜重症という印象を持ちます.安静臥床が最も重要で,それ以外に特効的な治療法はありません.時間の経過と共に回復するのが普通で,特に後遺症を残すことはありません.もし意識障害など,別の症状が起きた場合は髄膜炎を疑う必要がありますが,頻度は極めて稀です.

以上,一般的なことを記しました.納得のゆかない点については,担当医師にお話をされるのが最もよいと思います.奥様のご容体を最も知る医師は担当医をおいて他にいないからです.


(以上の回答に対する返信メール)
妻の頭痛は現在でも続いていますが,メールを拝見する限りでは少なくとも悪化する心配はなさそうなので一安心しています.程度の差はあるものの医師の失敗ではないことがよくわかりました.妻は頭痛に負けてはいられないと授乳をするようになりました.長時間起きているのはまだ無理ですが,新たな心配事はなさそうです.

(再度の返信メール)
妻の頭痛は結局20日程度で治りました.お騒がせしました.


1才になったばかりの子供の手術を全身麻酔で行う事になりました.足の指の切開と皮膚移植の手術です.手術は1時間ほどで終わると説明を受けました.術後は膝までのギブスを2週間ほどつけ,抜糸の際も全身麻酔をするそうです.

以下の点を質問させて下さい

1. 低年齢の全身麻酔でのリスクはやはり大きいのでしょうか?
  (脳への後遺症などはないか、とても心配です)
2. 乳児の麻酔薬は成人とは異なるものを使用するのですか?
3. 2度にわたって全身麻酔を使用する事に危険はないのでしょうか?
  
お返事お願いします.お待ちしています.(投稿メール)


>1. 低年齢の全身麻酔でのリスクはやはり大きいのでしょうか?
>  (脳への後遺症などはないか、とても心配です)

1歳であれば生理的に成人とは異なる点がいくつかありますので小児の解剖・生理に留意する必要があります.しかし特に成人に比較して麻酔が危険ということはないと思います.少なくとも麻酔を行うだけで脳に不可逆的な障害を与えることはあり得ません.もしそうなら小児の麻酔などできなくなってしまいます.

>2. 乳児の麻酔薬は成人とは異なるものを使用するのですか?

基本的に成人に安全なものは乳児に使用しても問題ありません.1歳であれば施設にもよりますが,セボフルランという吸入麻酔薬を使うことが多いと思います.これは成人でも日常的に使用される麻酔薬です.

>3. 2度にわたって全身麻酔を使用する事に危険はないのでしょうか?

ずっと昔に使用されていた麻酔薬で肝臓に負担をかけるとされていたものがあり,反復して投与することに注意が喚起されていたことがあったようです.しかし,例えば全身の熱傷などでは非常に短期間に何度も植皮を繰り返します.そのような場合も麻酔を反復するだけで生体に負担を与えることはありません.初回の全身麻酔で何か異常が生じた場合は話が別ですが,そうでなければ2週間以上経過した後に再度の全身麻酔を行うことは何ら問題はないと思います.

上記の内容はあくまでも一般的なことです.お子様の血液検査などの結果によっては固有の事情を考慮する必要がある場合もあります.実際に麻酔を担当する医師に対して麻酔の安全性をお尋ねになるのが最も的確な説明を受けられると思いますよ.

お子様の手術・麻酔が無事に終了することをお祈りします.


(以上の回答に対する返信メール)
息子の足の手術も6月に無事に終わり、今日術後の診察でも経過が良好とのことでした。
術前は毎日不眠気味になるほど、心配で仕方ありませんでした。夜眠れなくて、インターネットをしていて、先生のホームページをみつけました。返事を頂いてからは、心配がだいぶやわらぎました。小さな短時間の手術であっても、子供の事となると本当に不安になるんですね。

詳しく質問に答えて頂き、本当にありがとうございました。
これからも、麻酔や手術で不安をかかえている皆さんに、力をかしてあげてください。