はじめに

みなさんが入院された病院には麻酔科がありますか?麻酔科には麻酔を専門とする麻酔科医がいます.このページは「麻酔科医によって麻酔をうける人」のために書かれています.

手術には麻酔が必要です.麻酔には全身麻酔をはじめいろいろな種類があります.手術の種類やみなさんの身体の状態に応じて麻酔科医が最も適切な方法を選びます.麻酔科医の役割や,麻酔のための処置を理解していただくための説明をしましょう.

麻酔科医の役割

手術は痛み以外にも人の身体にいろいろな影響を及ぼします.麻酔科医は身体への有害な影響を最小限にくい止め,全身の状態を,よりよい方向へ導くことを仕事にしています.したがって,手術時の麻酔科医の役割は,患者さんが痛みを感じないようにすることだけにとどまりません.麻酔科医は,患者さんの生命が脅かされないように全身の状態を術前,術中,術後にわたって絶えず観察し,必要な処置を施しているのです.

また,集中治療室(ICU)に麻酔科医が関与している病院では,手術のための麻酔だけでなく,かたときも眼が離せない重症の患者さんの治療にも麻酔科医が深く関与しています.さらに,麻酔科医が痛みの治療(ペインクリニック)を行っている場合には,ペインクリニックにおいて,腰痛,頭痛,がんの痛みなど様々な痛みの治療を行っています.

麻酔をうける人へ

筆者の施設では,麻酔科医が患者さんに麻酔の説明をする前に「麻酔科術前問診票」をお渡ししています.麻酔の種類ややり方を決めるために大切なことがらをお尋ねするものです.よく読んで正確に記入して下されば,必要な情報が確実に麻酔科医に伝わります.

手術の前に麻酔科医による術前診察を受けていただきます.この診察の結果から,患者さんの状態や手術の種類・時間などを考えて,ひとりひとりの患者さんに応じた術前の処置(絶食の時間,いつも飲んでいる薬をどうするかなど)を決めます.麻酔についてわからないことや不安なことがあれば,お気軽に麻酔科医にお尋ね下さい.

手術当日は,身体の状態を整えるために,ベッドの上で安静にしていて下さい.指示された薬以外には飲んだり食べたりしないで下さい.絶食によって胃の中を空にしておくことは,麻酔を安全に行うためにとても大切なことなのです.手術に必要な他の準備も病室で行います.

手術室に入る30分〜1時間前に注射をすることがあります.これは前投薬と呼ばれる麻酔の準備のための注射です.薬の種類によっては口の中が渇いたり,眠くなったりすることがありますが,そうならないこともあります.前投薬は麻酔のやり方と同じように,ひとりひとりの患者さんで異なります

予定された時刻になったら手術室に向かいます.一つの手術室で幾つかの手術が予定されている場合には,前の人の手術が終わる時刻によって多少時間が変わることがあります.手術室に入ると,麻酔科医があなたを待っています.麻酔科医や看護婦が麻酔の準備をしますので,ご案内にしたがって下さい.普通は移動用のベッドから手術台の上に移動し,仰向けになります.その後で心電図の電極を胸に貼ったり血圧計を腕に巻いたりします.そして点滴をとります.この操作はとても大切です.点滴は麻酔中の命綱にあたります.この後に行うことは麻酔の種類によって異なります.

全身麻酔以外の麻酔では,手術中に意識がある場合があります.その際も,麻酔科医の意図した通りに麻酔が効けば痛みを感じることはありません.安心して手術を受けて下さい.

全身麻酔では,気体の麻酔薬を使って麻酔をかける場合,最初にマスクを顔にあてます.麻酔薬には匂いがありますが,耐え難いような臭い匂いではありません.ただ多少人工的な匂いがします.私はよく「香りをつけた消しゴムのような匂い」と表現します.それも数回息をしていれば意識が遠離ってわからなくなります.気体でなく血管の中に注射する麻酔薬を用いることもあります.このとき薬の種類によっては血管に滲みるような痛みを感じることがありますが,それも僅かの時間のことで,すぐに眠ってしまいます.

・・・・・・・・・・・・・おやすみなさい・・・・・・・・・・・・・

麻酔科医がいる病院では,麻酔がかかっている間はずっと麻酔科医があなたのそばにいて,心臓の拍動や血圧,身体の中に酸素が十分取り込まれているかなど,人間の身体の重要な営みを,絶えず監視しています.眠っているあなたの枕許には,かたときも離れず麻酔科医がついているのです.これは,麻酔中のあなたの安全を守る上でとても大切なことなのです.

・・・・・・・・・・・・手術が終わりました・・・・・・・・・・・・

手術が終わって全身の状態が落ち着いていれば,手術室を出ます.それは麻酔科医がそばにいなくても先ず危険はないと判断されたということです.それでも手術の後には予想できないことが起こることもあります.何か異常なことがあれば,近くにいる者に早く仰って下さい.手術の前の身体の状態や,手術の種類や,手術の後の身体の状態によって,一般の病室でなくICUに入っていただくことがあります.

手術の後は,手術や麻酔の影響で,一般に呼吸の機能が低くなっています.そのため患者さんによっては酸素の吸入が必要になります.酸素マスクはご案内があるまで外さないで下さい.

おわりに

麻酔は,飛行機で空を飛ぶことに例えられます.空を飛ぶのは大変なことですが,訓練されたパイロットや機体の入念な整備,無理のない飛行計画などによってその安全が支えられています.みなさんが手術をうける病院に麻酔科があれば,そこには麻酔を専門にしている麻酔科医がいます.麻酔科医は安全に麻酔を行うことを常に心がけているプロフェッショナルです.麻酔科医がいれば,麻酔のための設備も充実している筈です.

現在の麻酔は非常に進歩しています.麻酔科医は,みなさんに安全に麻酔をうけていただけるように,努力を続けています.