スライドホルダ

またまた文房具の登場である.

学会発表の場は,科学者である医師が人前に出て芸人として振る舞うステージである.科学者としての才能に長けているのに越したことはないが,それ以上に芸人としての才覚がモノを言う.大した内容でなくても,プレゼンテーションが素晴らしければ聴衆の印象に残る.印象に残った発表は科学的事実と錯覚されやすい.こうして実績ではなく「虚績」を積み上げて一人の権威が出現するのである.逆に重大な科学的事実もつまらない発表の仕方をすれば,大概の学会発表がそうであるように,別に発表しなくてもいいような平凡な演題に埋没してしまう.生真面目な人間は,いつの世でも世渡り上手な輩の陰でひっそりとその一生を終えるのである.

閑話休題.学会発表の形式は主に口演とポスターである.最近ではビデオやコンピューターの画面による発表も行われるが,未だ主流とはなっていない.ポスターによる発表は,前々回も記したようにミニタッカーがあればあとは適当にポスターを作ればそれでよろしい.さて,問題は口演である.

口演では通常スライドを用いる.筆者の恩師は口演の技術に秀で,教授職を辞した頃からスライドさえも用いずに話をするようになった.そしてそれが聴いていて実にわかりやすく,説得力に富むのである.ただこういう名人の域に達するのは一部の天才であって,多くの医師は天才ではないから学会の口演ではスライドが必需品となる.

スライドを作るためのガイドブックは数多く出版されている.「サルにもわからせるスライド作り」,あるいは「騙しのテクニック:これであなたもスライド名人」,または「禁断の書:スライド作りは背徳の香り」,果ては「スライド温泉殺人事件」等々.これらを読めば,人前で映写を始めた途端に罵声を浴びるという椿事に至らない程度のスライドは作れる.発表する内容については,質問で立ち往生しないために文献を調べたりするので,結構その分野の専門家を気取れる.しかし学会の度に異なるテーマで発表するものだから,一つの分野での大家にはなれない.従って多くの学会で発表した後でも,「一日専門家」の脱皮した抜け殻のような,互いに関連のないスライドの山が手許に残るばかりである.このような麻酔科医にはスライドホルダは全く必要ない.

ところが,何かの事情で一つのテーマを追求し,継続的に研究を進めてゆくという,ある意味では恵まれた,ある意味では退屈極まりない境遇に身を置く者もいる.彼は同一のテーマを巡ってコツコツと学会発表を続けてゆく.鳥人ブブカが1cmずつ棒高跳びの世界新記録を更新してゆくのに似て,他人からみると研究の成果を小出しにしているとしか思えない(そりゃあそうだろう,本人もそのつもりだから).斯くして彼の手許には,同一のテーマに関する膨大なスライドが,そう膨大でもないデータと共に蓄積されてゆく.彼には今やスライドホルダが必要だ.これさえあれば,何かの間違いで学会のシンポジウムや特別講演の演者に指名されたとき,新しいスライドを作って安い講演料をパーにしないで済む.つまりスライドの使い回しができるのである.

学会で「何とかに関する最新の知見」とか,「ムニャムニャ up-to-date」という特別講演を聴いていると,どう見ても10年以上前に作ったのではないかと思えるようなかすれたスライドが混じっていることがある.また,最近はカラースライドが多いが,かつてはブルースライドが主体だった.その背景のブルーの色がスライドによってまちまちである場合がある.これらはスライドの使い回しによる安上がりの特別講演と考えてよろしい.演者の長年にわたる研究生活に対する敬意と,その見事な節約精神に対する敬意が頭の中で錯綜するうちに口演は終わっている.

さて,前説が長くなった.本題のスライドホルダである.筆者はPLUSの製品[PLUS SYSTEM FILING ]を愛用している.バインダー形式なので着脱が可能だ.ネガや原図も専用のリフィルでスライドと一緒にファイリングできる.スライドが多くなるとずっしりと重くなるので,自身の業績が重みを増したように感じられてなかなか味わい深い.努力の結晶,あるいは真理の源,若しくは研究の泉,またはドラエモンのポケット,それがスライドホルダである.試しに各シートから無作為に一枚ずつスライドを選び出してみたまえ.これらを適当に並べれば口演が一丁上がりとなる.

まさに医師必携のツールと呼ぶに相応しい逸品ではないか.